2012年3月13日火曜日

呼び声


戦後は終わらない

過去絵。
2010年の9月にPhotoshopで描いたものです。でかい表示にしてたけど標準にしました。見づらかったので。
この風景は15年くらい前に撮った写真を元に描きました。私が生まれた町のまちゃーぐゎーです。
この町並みは今はもう無いです。
町の都市計画で、全部潰されてしまいました。
入り組んで、まるでダンジョンのような、子供のころお小遣いの50円玉を握りしめてわくわくした、おばあたちが日々営んでいた嘉手納町新町通り商店街のまちゃーぐゎー。
軒を連ねている瓦屋根はほんとは赤瓦じゃなくてセメント瓦なんですが、赤瓦にしました。大体の古い家はセメント瓦なんですよね。赤瓦はお金かかるんです。
私の生まれた町はアメリカ軍嘉手納基地のすぐ側にある町です。
基地問題も、町の開発も、色々、いろいろあって本当に難しい。
私は頭が良くないので、だからただ絵に描くしかない。

戦後が終わってないってことと、無くなってしまった町並みへの哀悼。

2012年3月5日月曜日

なつのおもいで

2010年から二年間の絵をあまりサイトにアップしてなかったので、ちょこちょこ過去絵もアップしてみようかなと。
一昨年の秋にPhotoshopで描いたものです。
この頃から創作スタイルに行き詰まりを感じていた模様。
背景の塗りをサインペンのように荒く、描きこみを抑えました。
女の子の塗り方も古くさい感じでにっかつロマンポルノみたいな雰囲気を目指しました。

これを描いた日は、とにかく暑かったのです。
そして今日の沖縄も3月とは思えないほどの夏日です。

2012年3月2日金曜日

ギックリしたことなど

前回のブログにアップする絵を描き終わる寸前に、腰の右のところがグキッ!
今まで経験した事の無い痛みが走りました。
痛くて痛くて身体をちょっとでもひねると内臓も痛かったです。
一瞬なんだこれは!?と思いましたが、いわゆるギックリ腰なのでした。
アナログで筆を使って描く時はいつも立って前屈みで中腰になって描いていたのです。
こう、もと油絵科の性と云いますか、筆やデッサンを描く時は立って大きな紙に、という概念があったので
腰にくるなあとは思いつつ、無理な体勢で描きつづけていました。
反省。
座って描けるくらいのサイズにします(でも大きい筆でガーって描くの気持ち良いんだよね。イーゼル欲しい)。
このまま痛いのかー?と心配していたのですが、今は全然痛くありません。
何度もグキグキやるとクセになってしまうらしいのでほんと気をつけます。

ところで私はカーディガン派なのですが、家で作業をしている時に白湯を飲んだり動いたりするとカッと暑くなって汗が吹き出ます。自律神経系の病気の所為もありますが、
暑くなったりすぐに寒くなったりします。
もうカーディガンを着たり脱いだりが面倒臭いので暑くなったらガバッと首のところまでまくりあげて首巻き状態にします。楽です(こんなずぼらは家でしかしませんが)。
ですので、冬でもカーディガンの中は半袖Tシャツです。
ビバTシャツ天国沖縄 。

2012年2月25日土曜日

喪服のご婦人方

昨日国道58号線を運転していたら、バス停に喪服を着た熟年のご婦人方が数人おられた。
おや、と目を引いたのは黒尽くめだっただけではなく、朗らかに談笑していたからである。
喪服であんなににこやかに話している団体を見たのは初めてだった。
故人が相当な大往生だったのか
然程親しい方の葬儀ではなかったのか
葬儀に出席してみたら懐かしの旧友と出会い嬉しさのあまりプチ同窓会状態となり話が弾んだのか。
黒尽くめで妙齢のご夫人達が笑っておられると市川崑監督の「黒い十人の女」を思い出すのであった。